2017年 皆さん あけましておめでとうございます。

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そうです、何を隠そう、その浮いた男とは私の事なんですが、なに故に浮いていたかと申しますと、ご覧の通りその格好が幼稚というかなんというか、頭に鶏をのせ、体は牛のパジャマ姿という、まるで子供が学芸会にでも出るような、今でいう、ハロウィン級の馬鹿な出立ちをしていたからでした。

何故そんな格好をしていたのか?というと、それなりに意味があったのですが、まあ当時は何も言わずにいました。

今年がたまたま酉年ということもあって、今更ながらで申し訳ありませんが、20年ぶりにその理由を少しだけ告白させて下さい。

実はあの格好は、ずばり「鶏口牛後」という言葉そのものでした。

大手プロダクションに所属して、色んな人に媚を売りながら要領よく仕事をするより、たとえ一人であったとしても、自分が頭を張るんだ!という、当時の意気込みをそのまま表してた格好でした。今になって、冷静に考えると、それだったら、ちゃんと意味を言わないと!誰にもわからない事ぐらいはわかってたはずですし、下手したら、言ったところで「鶏口牛後」って何?ってなる人も当然いたでしょうから。それでも言わなかったというのは、なんて言うのか、敢えて、何も言わずに笑われてたかったんですかね。

それがストイックというか、ただの勘違いというか、まさしく、どうしようもない当時の越前屋俵太の生き方そのものでした。

まあ盗んだバイクで走り出したりする事は犯罪だとわかってたんで(笑)絶対しなかったんですけど、わざとこの格好をしてテレビに出るという事が、わかってもらえるとかもらえないとかの次元ではなくて、世の中に対する越前屋俵太なりの精一杯の抵抗だったわけです。

ただ、当時は本当に誰一人として、あの格好の意味に気がついてはくれなくて、ただのモーモーコケコ野郎だと思われてました(笑)ここがお笑い系の辛いところですね!

ただのお笑いだったら、そんなややこしいことは言わずに、ただ意味も無く面白ければいいわけですし、仮にそんなに世間と闘いたかったのなら、お笑いなんかせずにロックミュージシャンになる道もあったんでしょうけど、結局、歌も歌えないし、楽器も出来ないし、まずミュージシャンは無理だと思ってたんですね。

そう言えば、昔、ギタリストのCharさんと飲んでる時に、その事を喋ってたら、「お前!そんなに喋れたら十分ロックだ!」って言われて、少し嬉しかった事もありました。

あと、もんた&ブラザーズの門田 頼命さんにも「俵太は俺らと一緒のノリなんやけどなぁ、お笑いのジャンルやからなぁ」て、言われたこともありました。

たぶん自分でも、わかってたとは思うんですけど、でも、なんていうか、難しいかもしれないけど、誰もやってない表現の仕方ってあるはずだと思って、ずっとそれを探してました。

そう言えば、昔、ビートたけしさんと飲んでる時にも、ロックの話になって、こんなことを仰ってました。

「みんなロックロックって言うけど、ロックなんて簡単じゃねえか、ただ拳を振り上げてストレートに怒りをぶつけて、怒鳴ってりゃあいいんだから。お笑いはよ、そこを無理矢理ひねって表現するんだから、お笑いは意外と高度なんだ!」って。

そうなんですよね。言いたい事があるんなら、ストレートにわかりやすくロックのリズムに会わせて言いたい事を歌えば、それなりには伝わるんでしょうけど、それは当たり前すぎてつまらないってことになって、敢えて、ねじ曲げて表現するわけですから、早い話がひねくれもんだったんですよね、越前屋俵太は!全然、素直じゃない(笑)

まあ、そんな、素直じゃない私ですが、以前お伝えしたように、今年の1月9日から、朝日放送ラジオ「武田和歌子のぴたっと」毎週月曜日(15時~17時生放送)のレギュラーパートナーを務めます。

なんと25年ぶりの生放送ラジオのレギュラーです。昔はすべて深夜帯だったので、言いたい放題で気が楽だったのですが、今回はお昼の時間帯ですから、

「交通情報センターのヤマモトさ~ん!」とかになるんでしょうかね!それは越前屋俵太的には昔だとあり得ないんでしょうけど、今だと面白くて仕方がありません。

しまいには調子に乗って「それはいっちゃいけないですよ!俵太さん」みたいな事になるんでしょうかね。

そうならないように敢えて関西大学とかの非常勤講師の肩書きで出演しますが、気が付けば非常識講師になってたりして(笑)あ~やだやだ!

というわけで、初回から聞いとかないと、気がついたらいなくなってるかもしれません。(笑)

今年は、なんだかんだの一年になるとは思いますが、皆様、どうか温かい目で、いや耳で聞いてやって下さいませ!

越前屋俵太

「日常が観光資源になり得る可能性」

いやあ~久しぶりの和歌山でした。急行くろしお号に乗って行ってきました。観光映像を千本は見た!と豪語する自称観光映像評論家の木川剛志先生と言う方に呼んで貰ったのですが、AVじゃあるまいし、千本はないだろう!って思ったのですが、でも凄いですよね!もう見まくってるって感じです。

その中に、どうやら僕が撮った小浜市の映像があったらしく、越前屋俵太だから多分笑えるんじゃないかと思って見たら、意外にマジで良かった!という連絡が来て、是非、和歌山大学に来て下さい!って話になったので、行ってきました。

それにしても、今回の為に作って頂いたポスターがすでに怪しい!これじゃあ、まるで越前屋俵太を評論するかのようなイメージです。だいたい使ってる写真が俵越山ですし(笑)

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評論会の内容は、かなり前に話題になった、宮崎県小林市のフランス語と間違えてしまう方言映像や空手チョップでケーキ入刀する新郎新婦でおなじみの刃物の関市の動画から、今話題の観光映像まで、木川先生が集めた様々な動画を二人で見ながらコメントするという形式でした。

僕が知らなかった映像も沢山あって、個人的にはかなり面白かったのですが、やはり評論となると難しいものです。「この動画、面白いよね!」と、ただ笑って見てるだけなら、聴講してる側もコメントする側も非常に楽なのですが、やはり、そこは和歌山大学、観光学部の特別授業なので、なんか理屈っぽい事を言わないといけません。

呼んで下さった木川先生が仰った「動画再生数を意識した話題作り映像もいいけれど、果たして、その動画をみて、どれだけの人が実際にその土地に足を運ぶのだろうか?」とか言う問いに対して、「話題作りが目的であれば、それはそれでいいと思います。とはっきり前置きした上で、そうではないと言うのなら、それじゃ、本来、観光映像は何の為にあるのか?そもそも観光って何ですか?ただ美味しい物を食べて、神社仏閣や、伝統産業を見て、経験するだけでいいのですか?」と反対に、その場にいた皆さんに問題提起をしてしまいました。だって観光学という学問があるという前提なわけですから。

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歳を取ると、嫌ですね!なんか自分でも理屈っぽいと思います。楽しけりゃいいじゃないか!って若いときは本気で思ってたんですけどね。

終わってから、いい雰囲気の居酒屋さんで懇親会があって、ご覧になって頂いていた多くの先生方も出席されて、お酒を飲みかわしたのですが、どうも、その時の僕の発言がインパクトがあったらしく、しばらくその事が話題になってしまい、皆さんで観光学とはなんぞや!と熱い議論になりました。その議論は大学っぽくて楽しかったな!

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まあ、代理店が間にはいって、それなりの予算を組めば、今時、面白い映像を撮れる映像クリエーターの皆さんは沢山いるし、自治体の方も僕からすれば若い世代の方々が決定権を持たれ出したので、けっこう、斬新な映像がこれからも作られるとは思うのですが、そういうやり方ではなく、その土地が本来持っているはずの素朴な魅力を伝える為の、なんか別の方法があるのではないか?

自治体は安易に流行に乗っかって、広報してもいいかもしれませんが、やはり大学であるならば、流行ではなく新たな方法論が「ない」からこそ、考える!

観光の可能性を本気で模索すべきではないか、というのが、今回、越前屋俵太が皆さんとお話して感じたことです。

いや良い経験をさせて頂きました。

僕が昔、街ロケに拘ったのもそういう理由からです!流行のタレントさんを使って安易に視聴率を獲るんじゃなくて、もっと街には面白い人達が沢山いる!って言い続けたんですけど、やり出した頃は制作者達は、あまり認めてくれませんでした。視聴者はわかってたんですけどね!面白かったんで。

今では当たり前のように、毎日どこかで街ロケやってます。

物事はないから作るんですけど、みんなある方へいきたがる。まあリスクを回避したいんでしょうね!テレビはビジネスだから!

学問はビジネスじゃない!って思いたいです。僕は立派な学者ではないけど、世の本気の学者さんに立ち上がって欲しいですね!正しい事を私達が言わねば誰が言うってね!

もう、昔、道端で人の頭をいきなりシャンプーしていた人が言うこととは思えませんです、ハイ!

という事で、来年1月12日に和歌山のフォルテワジマという所で恥ずかしながら市民講座をやります。まだ申し込めるかも!

平成28年度 観光カリスマ講座 第五回

日 時:    平成29年 1月12日(木) (17:50集合)18:00~19:30

講 師:    iki design firm 代表 越前屋俵太氏

テーマ:    人は何故そこに行きたがるのか?~日常が観光資源となり得る可能性~

和歌山県

http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/062400/karisumakouza.html

和歌山大学

http://www.wakayama-u.ac.jp/tourism/news/2016090500021/

「お笑い」は工学出来るのか?

柄にもなく、大学教員という肩書きを持たせて頂いて、そろそろ10年の年月が経とうとしています。35年程前、関西大学を途中で投げ出し、何もわからないテレビ制作の世界に身一つで飛びこんで20年、そこから突如、何もしない日々を山の中で過ごして丸5年、そこから大学教員生活を10年。若かりし頃には想像もしなかった事が私の人生で起こり続けています。

最近、自分の生き様がやっと面白いと思えるようになりました。あのままタレント業を続けていたら、絶対に知らなかった世界を経験して、またあのままタレント業を続けていたら、絶対出会うはずのなかった人達と今を生きています。そんな私ですが、ここ5年程前からは、大学で知り合った色んな先生方からのご紹介で、色んな学会にも呼んで頂いて講演をさせて頂いています。そもそも学会なんて無縁な世界にいたので、最初は誰が何の為に、誰に対して何をしているのか、まったく意味がわからなかったのですが、5年経った今はどうかというと、やっぱり何が何だかわかりません!(笑)

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そんな人工知能学会をかわきりに計測自動制御学会、日本デザイン学会と様々な学会から招待をして頂きました。

そして今回は、遂に来てしまったと言う感じの電子情報通信学会です。その中のデータ工学研究会からの招待講演を受けました。

それにしても、なんで電子情報通信学会なんていうお固いイメージの学会から、私のような「いい加減がサマーソルトキックをしたような人間」(すいません最近プロレスづいています。)が呼ばれたのか?という事なのですが、どうやら、日本のデータベース研究の第一人者の先生が、工学に「お笑い」取り入れたいっ!って仰ってるので、講演して頂けませんか?というお話でした。なるほど!と言う納得感と同時に一抹の不安が・・・。どうも「お笑い」っていう言い方は、個人的にはあまり好きじゃありません。私の中では吉本興業さん等に所属する芸人さん達が繰り広げる世界観が「お笑い」で、私が目指している世界とは、少し方向性が違います。

でも一般の方は、そんな深くは考えてなくて、面白い事をする人の総称を芸人さん!人を笑かす行為を「お笑い」みたいに思っています。そういう意味では、私の事を芸人さんだ、「お笑い」をやる人だ、と思っている人がいても不思議ではないし、むしろそれは人の受け取り方の自由なので、今回も、先方が私を「お笑い」の人と思っておられたとしても仕方がないと考えて、とりあえず引き受ける事にしました。願わくば、先方から求められてる事と私が考えている事との間に、ものすごく隔たりがない事を祈るばかりです。

さて、長い前置きはこれぐらいにして、今回、私を呼んで下さった先生と初対面の瞬間がやって来ました。お会いした場所は、国立情報学研究所の中にある所長室でした。入って最初にびっくりしたのは、部屋の広さもそうだったんですが、窓から、なんと皇居が一望出来る場所だったのです。さすが国立情報学研究所って感じでした。

そして現れたのは、意外にダンディで、すごくオシャレな先生でした。東京大学生産技術研究所の教授であり、国立情報学研究所の所長をされている喜連川優先生です。もうこれでもか!というぐらいの大先生です。研究されてる一部に「超巨大データベース時代に向けた最高速データベースエンジンの開発と当該エンジンを核とする戦略的社会サービスの実証・評価 」とあったのですが、私には何がなんだかわからない世界です。

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先生的には楽しみにされていた様で、早速、名刺を交換して、先日フランス政府から貰らわれた勲章を見せて貰いました。

レジオン・ドヌール勲章はナポレオン・ボナパルトによって1802年に創設され、現在もフランスの最高勲章とされているそうです。

先生が貰われたのは「シュヴァリエ」というやつで、建築家の安藤忠雄さんも「シュヴァリエ」で同じです。

この間、北野武さんが貰われた勲章は「オフィシエ」で、一つ上の4等級にあたります。

過去に受賞された日本人では、小説家の大江健三郎さんが「コマンドゥール」で3等級、民間人は「コマンドゥール」までで、元東京都知事の舛添要一さんも貰ってらっしゃいます。

最高位の「グランクロワ」は伊藤博文さんとかが貰われているようです。

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お昼のお弁当を食べながら、喜連川先生とたわいのない話をしてたのですが、お会いしてからずっと気になっていた事がありました。何かすごく気になる違和感といってもいいかもしれません。この気になるこの違和感の正体は何だ!という事なんですが、それは先生の話されている、話言葉に原因がありました。

実は、先生は大阪弁だったのです。大阪の阿倍野区出身だそうです。もうバリバリの大阪です。日本を代表するデータベース研究のトップというイメージでお会いしたので、まず大阪弁はイメージしてませんでした。喜連川先生のように立派な肩書きや名誉を持っておられる方が、普通に東京弁、すなわち標準語で話されていたのであれば、なんの違和感もなかったと思うのですが、見事に裏切られました。その人の人格と喋り言葉と言うのは微妙に関係があるような気がします。すくなくとも相手が受ける印象が、喋り言葉ひとつで変わるのは間違いないと思います。喜連川先生が醸し出されているあの独特の雰囲気は、初めてあった人なら多分、参った!となるはずです。

「僕は大阪弁が大好きなんや!」という先生と、お互い関西弁で話していたのですが、話しているうちにわかった事は先生は単に、言葉だけではなく精神が大阪してました。なんか最初から本音でガツンという感じです。なんというか、本音でストレートです。僕も、今は京都に戻っていますが、大阪には大学の時から住んでいたので、随分鍛えられました。

関西の「お笑い」の東京進出とともに、大阪弁が日本中で市民権を得ました。その大阪弁の東京進出の影に吉本興業ありです。もちろん下品なイメージもあるので、大阪弁を嫌いな人もいるんですけど、なんかよそよそしい、標準語よりは、温かさがあって好きだという人も少なくはありません。なんというか、言いにくい事もズバッと言って、後は笑って誤摩化すというか、「誤摩化す」って言葉が、あまりいい表現ではないんですけど、気取ってる人達には真似が出来ない感覚です。「かます!」とか「煙に巻く!」って言い方もいいかもしれません。

僕が、大阪を象徴していると勝手に決めつけている、大好きな言葉があります。

それは「あんたかてアホやろ、わてかてアホや、ほなサイナラ!」っていう言い回しです。

こんな自分勝手な理論は、普通は絶対にあり得ません!

同じアホを使った言い回しに、「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊りゃな損!損!」という阿波踊りを表現した言い回しがありますが、これならまだ、理解出来ます。踊るアホがいて、観ているアホがいる。どうせアホなんだったら踊った方がいいよ!という、凄く論理的というか、ある意味、損得勘定も頭に入れて、合理的に導いている感じがします。今の企業のマーケティングの発想のもとになっているような気がしますよね。なんかこう一緒にやろうよ的な感じですよね。優しいというか共感世代というか、損だから踊ろうよ!っていうのもなんとなく損得勘定で生きようとしている世代にはマッチしますね。

例えば、今問題になっている、築地の移転問題をこの考え方で捉えると、当事者と傍観者ではなくて、全員、当事者になりましょうよ!ということになって、利権をとやかく言うのでなくて、皆さんも利権の中に入って利益享受する側にならないと、損だ!という解釈も出来なくはない!政治家さんや各種利権団体の方々にとっては、うまくいけば楽しそうな考え方です。

一方で、「あんたかてアホやろ!わてかてアホや、ほなサイナラ!」というのは意味がまったくわかりません。多分自分がアホなはずなのに、あなたもアホだと勝手に決めつけて、そこで、踊るわけでもなく、いきなり、サイナラ~といって、勝手に帰っていく。何が言いたいねん!ってなるところですが、すなわち、相手の気持ちとか立場とかを無視して、強引に自分とイーブンに持っていって、突っ込まれる前に去っていくという、究極の大阪人的発想です。

やっぱり、言い捨てて帰るパターンが凄いですよね!後にはあんたも私もアホだということだけしか残らない!だから最終的に何が言いたいの?と聞いても、わかりません、仕方がないでしょ!私はアホだから!と言われているようで、まったくもってとんでもない話です。そこには、損得勘定もなにもなくて、ある意味においては強引なまでの平等主義、みんなアホなんだ!と言う事で、一切をチャラにしようとする、半強制的人類みなアホ兄弟と言った、笹川さんも真っ青な考え方の上に成り立っている理論のような気がします。築地の移転問題をこの考え方で捉えると、どうなるかですが、誰か教えて下さい!もうすでに考えるチカラすら奪われています!

話の中で、先生とも盛り上がったのですが、そういう意味では大阪のおばちゃんは無敵です。もう面白いを超えてます。なんというか、一瞬にして、その場の空気を変えてしまうと言うか、理屈を超えたところで、生きてるというか、吉本新喜劇で言う、スッチーが演じてるおばちゃん像ですかね!

考え方だけではなく、大阪弁のイントネーションも微妙に作用しているように思います。東京人が標準語を使ってサラりとやりたくても、大阪弁はかわせないというか、すっと本音で懐に入って来られると言うか、変幻自在も大阪弁の特徴です。だから頭がよくて東京人だったりしても、別になんともないっていうか、当たり前のような気がするのですが、もし本当に頭がめっちゃいいのにも関わらず、ベタベタの大阪人だったら、なんか相手を笑かしてる間に、ふっと出来た隙ににス~ッと入ってしまえるというか、なんか技巧派ですよね。

これはもう、へたしたら、日本のトップが大阪人か東京人かによって、日本が変わるかもしれないという話です。

まあ、極端な例を出してしまいましたが、喜連川先生が大阪弁であるということは、私的には、そういう意味でとんでもない事のような気がしています。大阪人でも大阪弁を封印してわざと標準語で話しておられる方は多いと思います。喜連川先生はもちろん堂々と、大阪弁を喋られているので、誰に媚びる事なく、自分が思った通りに生きておられるんだろうと、勝手に推測したのですが、ご本人もそういう意味なのかはどうかはわかりませんが、歳をとったこともあって、最近はあまり怖い物はないと仰ってました。

そんなわけで、僕がお会いして感じた喜連川先生の印象はとても頭が良くて気さくなおもろい人でした。まあ、私何なんぞは相手にされていないので、そう感じたのかもしれませんが、ただ、やろうとされている事はかなり奥が深そうです。ご本人から言わせると、簡単なことだとおっしゃるかもしれませんが、僕には簡単には理解は出来ませんでした。

「お笑い」をどうされたいのですか?とお伺いしたら、「お笑い」を工学に取り入れて、「お笑い」工学なるものを作りたいんだ!と仰ってました。

クールジャパン戦略とかの話にもなって、正直言って、あそこまでアニメが世界に出ていくとは思わなかった。次に世界を凌駕するのは日本の笑いだ!というような主旨の事を力説しておられました。「笑いを工学すると言う事は、具体的にどういう事ですか?」と率直に聞いたところ、「『お笑い』をマスプロ化させるという事だ!」という答えが返ってきました。

だったら、吉本興業がやろうとしていることなんじゃないですかね!って言ったんですが、そうじゃないと仰ってました。吉本は日本国内では出来てるんでしょうけど、世界となると、言葉の問題もあって無理ですよね。

世界に対して、日本の笑いをマスプロ化させるって、どういう事なんでしょうか?僕も世界を何とか笑かそうと思って、言葉じゃないと言う事だけは分かってたんで、若い頃は世界中の道端で転んだりしてましたけど、どうもそうじゃないんですよね。それだと何処までいってもやってる私がアーティスティックなだけで、マスプロ化じゃない!

PPAPは、YOUTUBE上で世界を凌駕しちゃいましたけど、あれはそもそも日本の笑いじゃないでしょ!だって、多分ピコ太郎さん、日本人じゃないと思われてますもんね!

どうみても東南アジア系です(笑)

いずれにしても私の中には「お笑い」をマスプロ化させる!という、考え方はなかったので、もっと深く、突っ込んでお話を聞きたかったんですが、所長室でお昼のお弁当を食べながらの会話だったので、これが限界でした。

けっこう過去にもお笑い学会とか、笑いを研究しているという学者の方はいらしゃったとは思うのですが、ちょっと喜連川先生は今までの方々とアプローチが違う気がします。

アニメに関しては、日本のレベルはおそろしく高いと思いますが、そもそも日本のお笑いのレベルは、世界に比べて高いのかっていう話にもなると思いますし、ましてや「お笑い」をマスプロ化させる!とは具体的にどういう事なのか、今の私では、まだよくわかりません。

ひとつ言える事があるとするならば、世界を平和に出来る、最後に残っている考え方は、もしかしたら喜連川先生がいう「お笑い」であり、私が関西大学で教えている「おもしろい」という概念かもしれません。世界を平和に出来るなら、喜んでお手伝いしたいと純粋に思いました。

今回は普段考えない事を考えながら、文章を打っていたので、少し脳が酸欠状態になってきたので、今日はこのくらいでキーボードから離れます。

ということで、「あんたかて疲れたやろ!わてかて疲れた!ほなさいなら!」