越前屋、福井でも非常識講師やってます。

昨日は、福井県の越前市にある仁愛大学まで行ってました。到着すると、いきなり地元新聞社3紙の取材攻撃にあいました。一体何事なんだ~!もうブログの事が話題になっているのか~!

などという浅はかな私の憶測をよそ目に、落ち着き払っている記者さんからよく話を聞いてみると、私が有名人だからという事でなく(非常に残念!)私が越前市の観光協会さんと共に立ち上げた「駅ブラ観光」開発というプロジェクトに対する取材でした。

ん~、それにしても新聞社の人達は真面目すぎる!1500万人は見ていたはずの探偵ナイトスクープをあえてやめた越前屋俵太、福井の大学でたった23人の学生相手に奮闘!の方が面白いと思うのにね。

話の発端は、越前市の観光協会と雑談していた時に、「若者がなかなか街に来てくれない、何とかなりませんかね、先生!」という話があって、若い人に本当に来て欲しかったら、従来の神社仏閣、有名公園等をただ巡るだけという観光のあり方を根本的に見直さないと、まず無理でしょうね!なんて軽く喋った瞬間、人ごとだからと言って、既存のシステムや方法論を批判をするのは簡単だけど、もし僕が担当者だったら、一体どうするんだろう?という思いが、同時にふと浮かんでしまいました。

数日後、実際の観光担当の方と、偶然にお会いして話す中で、思いついた企画が、学生達に勝手に越前市の観光おすすめコースを考えさせるというアイデアでした。結構盛り上がり、それをその日のうちにいきなり授業に取り入れる事にしました。間違いなく非常識です!(ちなみに、本来の授業は事前にシラバスという形で既にする事が決まっていて、思いつきで内容を決めたり変更したりなんかしてはいけません。)

若い人が若い人の観光を考える。当たり前の話なのですが、以外とこれが社会システムの中では出来ない。というか通常の大学の授業の場合は、先生からの一方的な提案で、学生達にやらせているだけのパターンが多くみられます。もちろん学生側にすればも初めはやらされていても、その事自体が結果的には経験という形で役には立つ事が多いのですが、とにかく優秀な先生方の素晴らしい授業のおかげで、言われた事を頑張ってさえいれば、単位が貰えるという仕組みになっています。なんというか、それが大学だからと言ってしまえば、それまでなんですが、なんか腑に落ちません。

本来、大人達が本当にどうしていいのかわからないという案件に本気で若者のアイデアを起用しようとする場合は、少なくとも、コスト計算から入ったり、人間関係を必要以上に気にしたり、実現出来る可能性を考えてからでないと発言しないような大人たちでは絶対に考えつかないような斬新なアイデアを自由に発想してもらう為に、お願いするもんです。

だから、最初から大人達がアーダコーダ言うもんじゃない。テーマも含め最小限のくくりにとどめるべきだと思います。

この考え方は、私自身が大学生の時にテレビ制作のアルバイトをしていたとき、当時の大人達が考えつかないような事を言い出して、結果的にそれが大ヒットして越前屋俵太を名乗るきっかけになったったことからしても、間違ってはいないと思っています。

実際に学生達が勝手に考えたコースの中には「猫がいそうな場所巡り」とか、「食べるカロリー分だけ消費できるコースがついたツアー」とか、我々大人達では考えられないような観光コース案が出てきました。まとめ方には多少は荒削りの所もあるけど、考え方は僕は面白いと思いました。

私の授業は、大学のキャンパスではやりません。学生達を街に連れ出して授業をしています。街の中には色んな情報があって、自分の都合で取捨選択出来るという特性があります。
私自身、学校の中だけで、教室の中だけで、黒板の中だけで、パワーポイントの中だけで、自分の理屈の中だけで、教えることに限界を感じています。
もっと言うと、教えるんじゃなくて、何かこう、別の力というか、学生自身が学びとる力を持って欲しいと考えています。

だから教えてはいけないと思っています。教える事で彼らは理解した気にはなるけど、自主性はまず育たない。

職人は絶対、弟子に技など教えません。弟子の方が親方を見て習う。すなわち見習いから入らせて、勝手に技を盗ませます。

世の中の先生方は教え過ぎです。きっと教えたいんでしょうね。よっぽど、自分に自信がある優秀な先生方が多いんだと思います。

まあ優等生でなければ大学の先生にはなれないとは思いますが、それにしても皆さん教え過ぎです。課題与え過ぎです。問題与えれば、当然、学生は答えようとします。反対に答えがあるはずなのに、僕は私はわからない。どうしよう!私はダメなんだろうか?思い悩む生徒も中には出てきます。悔しいです。わからないからと言って、そんな卑屈になる必要なんかない。でもみんな劣等感に心が犯されていく。反対に教えられた事をただ覚えて正解し続ける人達が、何のクリエイティビティもないのに自分が優位に立ったように錯覚していく。もどかしいです。

大学生が社会に出てすべき事は、他人の会社に入って上司の言う事を素直に聞く事ではなく、自分の人生を自分の足で歩むという覚悟を持つ事だと思っています。
そう考えると、人生に答えなどないはずで、人それぞれに答えが存在するはずです。

大切なのは、問題を考える力です。答えなんかネットにごろごろしてる。ヤフー知恵袋にたいていのことは書いてある。でも問題はネットには転がってません。
すなわち問題意識というやつです。どう生きたらいいのか?何をしたらいいのか?誰を信じればいいのか?自分は何処に進むべきなのか?

自分でそういう問題を考えて、自分で答えを探し出す。そうあって欲しい。だから何も教えません。勝手にやってもらってます。

放ったらかしです。授業の内容すら学生に考えて貰っています。ほんとに自分でもひどい先生だと思います。

とまあ、自分では勝手に思ってますが、こんな非常識講師、皆さんどう思いますか?


  • Kushihama Yasuyo

    こういう非常識講師に若い頃から出会ってなかったら,ずいぶんつまらない人生になっていただろうなぁ。

  • Ryutaro Kino

    同じく福井で大学教員してます。京都出身で俵越山先生の「ハイヤング京都」を聞いていました。講義時間、マンパワー、評価方法などなどの言い訳をしながら、日々「教えすぎ」ています。身につまされる思いがします。だからこそ非常勤講師の方々には、常勤教員が出来ないことをやって頂けるのはありがたいことです。むしろどちらか一方ではなく、バランスが大切なのかなと思っているところです。そして私もこの講義に出たいです!仁愛の学生さんが羨ましい・・・