俵越山展09「商店街まるごと俵越山展」のご案内

さて、私のアニバーサリーは、30周年という非常に短い年月ですが、今度は100周年記念事業のご案内です。

京都のど真ん中にある三条会商店街という、地域の皆様に長々と愛され続けている商店街が今年で100周年を迎えます。その記念事業として、なんと「商店街まるごと俵越山展」を開催して頂く事になりました。

明日10月1日から25日までの約一ヶ月間、商店街の中にある89店舗の店内に私のツイッター書やその他の作品が飾られる事になりました。

商店街にお越しの皆さんには、いろんなお店にいろんな形で飾って頂いている私の作品を楽しんで頂けたらと思います。全てを廻って頂きますと素敵な商品が貰える、スタンプラリー企画も用意されております。

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昨日の関西テレビ「越前屋俵太30周年特別企画」いかがでしたでしょうか?

放送終了後に最後のメッセージにぐっと来た!という書き込みを沢山頂きましたが、私としては最後のパフォーマンスもさることながら、やはり言葉の壁はあれども、人としてはやはりみんな同じで、出会った人達とはいろんな形で笑いあえる事が出来て、充実した10日間になりました。

ちなみに最後のパフォーマンスは「一」という字を書いてます。「一」とは自分、「一」とは原点です。もう一度、初心に返る、自分に返るという気持ちで、「一」を書きました。最初は掛け軸の中にドンと筆を置きました。まさしくそれは、もう一度本来の自分に立ち返る行為、まるで魂を爆発させるような感じです。

そこから、今度はその自分の殻をも突き破るイメージで外へ出ていっています。
これは人生の一本道であり、どこまでも真っすぐに突き進むイメージです。途中でいろんな障害物が出て来て、ラインは曲がったり、途切れたりはしていますが、まさに人生、山あり谷あり、色々あったとしても、それでもあきらめず、立ち止まらず、少しずつでも、乗り越えて、前に突き進もうという思いを込めました。

実際の現場では解説やテロップ、音楽等もない形でひたすらやっていたのですが、やはりテレビなので説明をと言われて、文章を挿入しました。当然、音楽も含めて自分で決めましたが、やはり少し照れくさい気がします。
曲はフラワーカンパニーの名曲、「深夜高速」です。この曲を初めて聞いた時から大好きでした。フラカンのメンバーとも実際に会っていて、いつかは使いたいという思いを伝えていたので、今回このタイミングで彼等の曲が使えて、非常に嬉しい気持ちで一杯です。

途中、かわいいライモンが出てきたので、思わずドッグボディペインティングかと思いましたが、最後は「始めるから始まる」の書で締めくくりました。

意味は「ほぼ毎日ツイッター書」を見て頂けるとおわかりかと思いますが、とにかく何事も始めない事には始まりません。

今回の番組を放送するにあたって、企画の段階から関西テレビを始めとした沢山の人に支えられ、ニューヨーク、アレンタウンと現地に着いてからも、初めて出会った大勢の方々の協力で、収録、放映する事が出来ました。こういう気持ちは、毎日のようにテレビに出演していた過去には持ち得なかった気持ちです。自分の事で精一杯で周りの事が見えていないというか、気にもしていなかったというか、いずれにしろ、若かりし未熟な頃の自分が恥ずかしく思えます。

今回、番組を企画するにあたって、新しい手法を取り入れました。あえて自分で撮影するという、ワンカメという手法です。TAWARA.TVというYOU TUBE上のチャンネルで放送しています。

形の上ではよくタレントさんがカメラを持って映像を撮っているシーンはありますが、本気で長尺まわしっぱなしというのは、あまり他では類を見ません。その分、今回はディレクターの方には、編集でご迷惑をおかけ致しました。今回の旅のオフショットも、TAWARA.TVで近日公開いたします。その際はまた告知致しますので、お楽しみ下さい。

今回実験的に採用した番組の作り方も、まだまだ改良すべき所も山ほどあり、これからも課題が沢山残ってはいますが、放送が終わった!ではなく、これからが始まりだ!という気持ちで、次の番組企画も頑張って行こうと思います。

私のように大手プロダクションに属さない人間は、視聴者の方々の評判次第で、第2弾、3弾が作らせて頂ける可能性が大いにあります。
皆様、テレビ局等に応援のメール等よろしくお願い致します。

越前屋俵太30周年特別寄稿

越前屋俵太は直球しか投げなかった。

いや、正確にいうと、直球しか投げれなかった。

彼の投げた球は誰も打てなかった。

それは、速かったからじゃない。

バッターが打てる所に球がいかなかった。

そう、彼の投げる球はいつも大暴投だった。

彼の投げる球はいつもバックネットを揺さぶった。時にはスタンドに飛び込んだ。

どんなに投げても球はストライクゾーンとは程遠い所へ飛んだ。

わざとじゃない。本気で投げるといつもそうなった。

自分でも、何処に球が飛ぶのかわからなかったから、

そりゃ、誰も打てない。

観客も面白がり、越前屋俵太の暴投ぶりを楽しんだ。

嬉しかった。と同時に少し欲がでてきた。

活躍していた有名人ピッチャーのように三振がとってみたい。

ある時、肩の力を抜いて、ゆっくり投げてみたら、ストライクゾーンに球がいった。

ああ、こういう事かと思ったけど、打たれるのが嫌だから、試合ではやっぱり思いっきり投げた。

当然、フォアーボールの連続で押し出しになって、点が入り出した。

こりゃ、まずいと先輩達が投げていた変化球を見て盗んだ。

カーブ、シュート、フォーク

見よう見まねで投げてみた。意外に投げれた。

直球が来ると思っていた、バッターは次々に三振した。

力も加減して投げれるようになった。

そのうち、だんだん、コントロールがついてきて

球が、ストライクゾーンに集中してきたのが、わかった。

面白いように三振が取れた。

少し、人気者になったような気がした。

ただ、それと同時に、怖くて直球が投げれなくなった。

ゆっくり投げたら、打たれるんじゃないか。おもいっきり投げたら暴投になる。

真ん中で、どうにかして三振とらなきゃ。

いつも、そのことが脳裏をよぎった。

でも、現実はどんどん変化球に頼り続けた。

スライダー、ナックル、スクリュー、しまいには消える魔球まで。

当然、投げるのもどんどん難しくなった。あまりにも球の握り方が複雑なので、手が、指がつりそうになった。

加えて自分の技術の未熟さが追い打ちをかけた。変化球は誰にでも投げれるもんじゃない。

やはり、さんまさんや紳助さんの投げるボールにはかなわない。

自分が投げたいと思う球と、三振をとる為に投げなければならない球とのギャップに悩んだ。

結果、打たれたくない一心で中途半端な変化球を投げ続ける。いつしかそんな器量の狭い男になってしまった。

私は人を喜ばせることでお金を稼ぐプロになりたかった。

このままで果たして、人を喜ばすことができるのか。

不安になった。自分自身が楽しくなくなった。

自分を楽しませる事が出来ない人間が、他人を楽しませる事など出来るはずがない。

そう思った瞬間、マウンドに立っている自分の膝がガクガクした。

このままでは、もう球が投げれない。中途半端な球を投げ続けて、打たれてしまうような無様な格好を見せるくらいなら

潔く、マウンドを降りた方がいいんじゃないか。

生まれて初めて心が折れた。

自分にそう言い聞かせ、選手交代を告げられていないのに、自らの意思でブルペンにさがった。

苦渋の決断だった。もう二度とマウンドにはあがらないと、自分の中で誓った。

戦いながら頑張り続けている、全国にいるであろう同志達に申し訳ないとも思った。

10年間のブルペン生活をしていて、最近ふと、思い出したことがある。

越前屋俵太は三振を取る為に、投げてたんじゃない。

ただ、おもいっきり投げたかっただけなんじゃないか。そう、打たれるとか三振とか、そんなの関係なかったんじゃなかったのか。

今更ながら、初心を思い出した。

思い出してしまったんだから、今一度、思いっきり直球を投げるしかないと思った。

打たれようが打たれまいが、そんな事はどうでもいい。

ど真ん中めがけて、ありったけの力を振り絞って投げる為、いま一度マウンドに立とうと思う。

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