「髙木三四郎、越前屋俵太を語る」

12月4日の当日のDDTプロレス「大阪オクトパス」の公式パンフレットに載る、二人の対談の一部を特別先行公開します。

 

――そもそもですが、高木大社長はなぜ越前屋俵太さんを大阪オクトパスのオープニングアクトのために呼んだのでしょうか。

高木 これは僕の中学・高校生にまで遡る話なんですけど…。

俵太 遡りすぎ!(苦笑)。

高木 越前屋俵太さんって、ご本人を目の前にして言うのも何なんですけど、すごい狂っていた方だったんですよ。路上でいきなりシャンプーし出したりとか、とにかく路上でおかしなパフォーマンスをやっているという印象がすごく自分の中に残っていて、「TV-JACK」(越前屋俵太のデビュー番組。伝説のコーナー「俵太の大きなお世話」はコーナー視聴率、深夜番組では前代未聞の12%を誇った)もそうなんですけど、俵太さんの出ていた番組はわりと見ていたほうで、あとオールナイトニッポンも。何曜日でしたっけ?

俵太 火曜日の二部。とんねるずのあとかな。

高木 深夜3時から5時までKBS京都でやっていたので、学校があっても関係なく聞いていて。生き様がカッコよかったし、不良っぽい部分もあった。人生の先輩みたいな。

――不良っぽい部分ですか。

俵太 不良ではなかったんですけど(笑)。

高木 オールナイトニッポンの細かい内容までは忘れてしまったんですけど、いつも「世の中がこうで…」みたいな説教を延々とされていた時間帯があって。わりとそれに感銘を受けたというか。

俵太 そんな真面目なこと言ってた? 覚えてないなあ(笑)。

高木 あと、オールナイトニッポンも第二部だったから、下ネタ的なものもあったと思うんですよ。そういうところも、すごく刺激的でしたね。よく近所にやってはいけないことをやってる、教えてくれないことを教えてくれる、ダメなお兄さんがいるじゃないですか。

俵太 社会的になんの地位もないんだけど、どこか近しい、憧れの存在みたいな。

高木 そうです。(俵太さんは)そういう存在だったんです。

――高木三四郎の青春時代を直撃したと。

高木 直撃でしたねえ。それで青春時代を通り過ぎて、30代も通り過ぎて、今や40代も半ばになってしまって。30代で始めたDDTって初めは好き勝手に、怒られるだろうということしかしてなかったんですよ。若い頃に影響を受けていた人を自分もマネていたというか、ここまでならできるだろうと、どんどんやらないようなことをやっていったんですけど、40代半ばになって、所帯も大きくなって。何がきっかけというきっかけはないんですけど、この3年間でプロレス界にいろんな事件が立て続けに起こったじゃないですか。プロレス界がコンプライアンスを順守するようになって、僕自身が表現の自由にブレーキをかけるようになってしまったんです。

――攻めか守りかでいうと守りに入った。

高木 守りに入ってしまうと自分もバカをやり切れなくなってしまった。「ああ、あの頃に戻らなくちゃな」と思っていたんです。

――そのタイミングで俵太さんだったわけですね。

俵太 “越前屋俵太”っていうのは一言でいうと「怪しかった」んだよね。

――怪しかった?

俵太 関西の芸人さんは吉本か松竹か、だいたい所属が決まっていて、まあレスラーでいうと新日系か全日系。でも僕は「何この人?」みたいに思われてた。試合はやっているんだけど、どこの所属なの?だいたい彼はプロレスラーなの?みたいな、とにかく怪しい存在だったんだよ。なんか違うぞこいつはみたいな。早い話が素人だったということですよ。

――素人?

俵太 “越前屋俵太”というのは素人が初めてテレビに出て売れたパターンなわけです。本当はプロになりたければちゃんと入門しなきゃいけないんだけど、(自分の場合は)学生プロレスやってる奴がいきなり新日本のスーパージュニアに出たみたいな感じだった。使っている技もみんなと違ったし。

――プロになろうと思わなかったんですか。

俵太 素人でも10年、20年それなりにやり続けるとプロになってしまうんですね。ところが“越前屋俵太”はプロにはなりたくなかった。究極のアマチュアリズムが“越前屋俵太”だったんです。このままやっていたらプロになってしまうと思ったから、アマチュアのままでいたいと思った“越前屋俵太”はいったんブラウン管から姿を消してしまったんですね。

高木 DDTも同じようなもんですよ。誰が師匠かわからない、どこでプロレスの練習をしてきたのかわからないような人間が3人集まって団体を旗揚げして、それからも学生プロレスから青田買いをしてどんどん人を入れて。まともな人なんていなかったんですよ。

俵太 僕はDDTのそういうところが好きだったのかもしれないね。誰にも言ってないけど、実は高校の時にプロレス研究会を作ってました。その高校の中でジャーマンスープレックスを投げられたのは僕だけ。それもちゃんとへそで投げてた。そのままホールドできたぐらい、プロレスが好きだったんですね。まあ本業と関係ないから一切言わなかったんだけど、だから当然、高木三四郎という名前も知っていたし、当然DDTも知ってました。

 

団体がデカくなって、これはヤバいんじゃないかと思っていた。(俵太)

全部スッ飛ばないと高木三四郎、DDTの良さが出ない。(高木)

 

高木 それで去年、大阪の知人の方から、Facebookのメッセンジャーに「越前屋俵太さんがDDTのことを褒めていましたよ」というのを見た瞬間に「なんで越前屋俵太さんがDDTのことを知っているの?」と思ったわけですよ。全然プロレスのこともしゃべらない方でしたし。

俵太 そりゃあプロレスのプの字も僕はメディアで言ってないからね。

高木 そうなんですよ。だから俵太さんがDDTのことを知っているというだけでびっくりしちゃって。ちょうど去年の大阪オクトパスの時に「俵太さんもぜひオクトパスにいらっしゃってください」と言って、来ていただいてお会いしたのが初めてだったんです。

俵太 僕は僕で「高木さんが俵太さんのファンみたいですよ」と言われて、「えー!?」ってなったんですね。テレビに出ているからみんな知ってて当たり前なのかもしれないけど、「そうなんだ! 知ってくれているんだ!」ってなって、それはそれで嬉しかったんですよ。

 

12月4日「大阪オクトパス」公式パンフレットより一部抜粋

 

というわけで、なんと髙木三四郎さんが中・高校生の頃からの越前屋俵太の大ファンだったという事が発覚いたしました。僕も昔からDDTはスカパーとかでよく見ていて、路上プロレスとかいきなりやってるし、気にはなってました。インディーズから今のような大きな団体に育て上げた髙木三四郎さんのプロデュース力に対して、こっそりリスペクトもしてたんですが、まさかこんな事態になるとは思いもしなかったという話です。それに今回初めて、人と組みました。私のやり方としては、街ロケを通して、不特定多数の街行く人達とその都度、コンビを組んでた事になるとは思うのですが、普段はコンビなんか組もうと思った事はありません。一度だけ「モーレツ科学教室」という番組の中で、演出上、ポンチくんはトンチ博士と組んでいましたが、越前屋俵太としては、自分以外の人とやろうと思った事は基本的に一度もありあません。越前屋俵太は一人で馬鹿やるって決めてましたから!

 

そういう意味ではプロレス的に言うと初タッグです。なんか馬鹿を忘れていたおっさん二人が、たった一夜の為に、盛り上がるって言うか。それこそ、スポーツ紙の見出しみたいですね。「越前屋俵太復活に向かってプロレスラー髙木三四郎と初タッグ!」とか・・。

 

さあ、そしていよいよ12月4日の「大阪オクトパス」に突入する訳ですが、今は当日のオープニングアクトの内容はまだ内緒なんですが、少しだけバラスと、先日、たった1カットを撮る為だけに、千葉の銚子マリーナまで、京都から6時間かけて行ってきました。現場でカメラが廻ったのは、たった3分でした。でも、その3分を三四郎さんも本気で喜んでました。終わってからご本人から「忘れかけていた何かを思い出した!」という熱いメッセージを貰いました。おそらく20年ぶりにやっちゃいました!って感じです。私も忘れていた越前屋俵太を久々に見たような気がします。それにしても楽しかったな!なんか二人で大笑いしてました。スタッフの皆さん、わざわざ遠い所、お付き合い頂き、本当にありがとうございました。

 

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これは、その日全てが終わった後でみんなで食べた豚シャブです!内容と関係なくてすいません!

オープニングアクトの内容は見せたくても見せれません!それにしても安くて美味かったなあ!

 

当日、会場に来た人しか見れないオープニングアクトですが、ファンの方にはたまらない一撃です。是非是非、普段プロレスを見ない人も、越前屋俵太のたった一夜の復活を見る為に、わざわざお越し下さいませ(笑)

 

12月4日、DDTプロレス「大阪オクトパス」チケットの申し込みは

 

【席種】

アリーナ席A完売

アリーナ席B 10,000円(当日10,500円)

1F指定席A 7,000円(当日7,500円)

1F指定席B 5,000円(当日5,500円)

2F指定席A 6,000円(当日6,500円)

2F指定席B 5,000円(当日5,500円)

2F指定席C 3,000円(当日3,500円)

 

【販売場所】

チケットぴあ(Pコード594-100) http://ticket.pia.jp/pia/ticketInformation.do?eventCd=1627827&rlsCd=001&lotRlsCd=

 

ローソンチケット(Lコード52135)http://l-tike.com/order/?gLcode=52135&gPfKey=&gEntryMthd=01&gScheduleNo=1&gCarrierCd=08&gPfName=%EF%BC%A4%EF%BC%A4%EF%BC%B4%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%80%80%EF%BC%91%EF%BC%92%EF%BC%8F%EF%BC%90%EF%BC%94%E3%80%80%E5%A4%A7%E9%98%AA&gBaseVenueCd=50208

 

「越前屋俵太がアントニオ猪木に闘魂ビンタされていた?」

なんで越前屋俵太がスピッツのフェスに出演する事になったのかって話なんですけど、あれは確か、スピッツの考え方を反映させたコンサートをやろう!と言う企画があって、従来のお客さんを呼ぶ為に何の脈絡もなく、有名アーティストを呼んでフェスをするんじゃなくて、自分たちの好きな人だけ呼んで、ここじんまりやる!ってことで始まった「ロックロックこんにちは」が第5回目を迎えて、いつもは4~500の小さい箱でやってのが、今回はちょっと大箱でやろうと、メガkobeで「ロックロックこんにちは!! SPECIAL5UMI()VERSAL STUDIO in KOBE」を開催することになって、誰かミュージシャン以外で、メンバーが自分たちが出て欲しい好きな人を3人呼ぼうって話になったらしく、一人はアントニオ猪木さんで、もう一人?が電撃ネットワークで最後の一人がなんと越前屋俵太だった。オファー受けた時は本当にビックリして、空が飛べるんだったら飛ぼうって思いました。なんでスピッツが僕の事を知ってるんだって!僕は自分がその時、たまたま作っていたドラマで彼等の歌が大好きだったので使っていたんで、もちろん知ってたのですが、スピッツも僕のファンだったと言う事を知って、嬉しかったのを覚えています。

JUNJI NAITO PHOTOGRAPHS http://www.junji-naito.com
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これは確か10周年の泉大津フェニックスの時です。馬鹿でかいフックで登場して盛り上がってましたね。

PIRATES OF THE 10RIBBEAN(パイレーツオブトレビアン)この時はジャック・スパロウに変身してウルトラホストナビゲーターしてました。

海賊船は自前です。

JUNJI NAITO PHOTOGRAPHS http://www.junji-naito.com
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5回目の時は僕がナビゲーターという役割として猪木さんを紹介したんですが、大声援に迎えられて、舞台に上がった猪木さんの第一声は、いつもはお決まりの「元気ですか!」なんだけど、あの時は「ロックですか!」だったもんね。そのあと直ぐさま「ロックがあれば何でも出来る」って前の日にちゃんと明日はロックフェスティバルですからって、猪木事務所的にはなってたんでしょうね。さすが猪木さんは燃えるサービス精神の塊でした!

それでおもむろに闘魂ビンタです。舞台に30人ぐらいあげて、一人一人ビンタしていくわけですから、盛り上がりました。出演したミュージシャンほとんどビンタして貰ってたんじゃないですかね。人をなぐってお金貰えるのは猪木さんぐらいですよね、ボクシングの場合は、お互い殴り合わないとダメだけど、猪木さんは無条件に一方的に殴るだけでいいわけだから、ホント凄いなって思いました。リーダーの田村君と一緒にビンタされました。一生の思いでです。

まあ、「ロックロックこんにちは」と猪木さんの話はそれぐらいにして、私自身、どれぐらいプロレスファンだったのかと言う、もう一つのエピソードは、中学校時代はプロレス研究会を自分たちで作っていて、毎日、技の研究とかやってました、いいですね!技の研究!という言葉の響き。こんな技はどうなんだろう、こんな技は効くんじゃないか?と一生懸命友達同士で腕取り合って、足取り合って、もう手足がこんがらがりながら、休み時間になると、やってました。見た目は複雑なんだけど全然痛くないとか!みんなで笑ってた想い出があります。高校生の時は、学園祭で流す映画用にでリングも勝手に作って(体育で使うマット敷いて、コナーポストは人間がロープ持ってた)試合も撮ってました。オチは最後にロープ際でドロップキックしたらコーナーポスト(人間)ごと倒れて、相手をフォールした僕をレフリーがフォールして、最後はレフリーが勝つ!というわかりやすいパターンでした。大学になると、当時学生プロレスっていうのが盛り上がっていて、自分ではもうやらなかったんですが、(みんな結構マジで、それなりに身体作ったりしてやってました)よくゲスト解説に呼ばれてましたね。もちろん関大にもあったんですが、確か同志社大学はリング持ってたんじゃないかな?なんか技とかの名前のネーミングが、「単位落したドロップ」だとか、「彼女に振られた腹いせバスター」とか、めちゃくちゃネタっぽくて面白かった。この辺りの学生プロレスの美味しいところをちゃんとDDTが受け継いでるんじゃないかと勝手に思ってます。書いてて今、気付いたんですけど、だからお互いに好きなのかもしれませんね。越前屋俵太と髙木三四郎!なんか同じルーツのような気がしました。越前屋俵太がデビュー当時、街でシャンプーしたり馬鹿なことしてた時、あんなの学生芸だ!下らん!ってテレビ局の偉いさん達に散々言われてたからネ!

それとこれはただの自慢なんですが、校内でジャーマンスープレックスが出来たのは僕だけでした。ちゃんと「へそ」で投げてました。当然、僕はルーテーズではなくカールゴッチ派でした。あと当時、たまたま京都の醍醐ドームで行われた、全日本プロレスの試合を見に行ったことがあって、メインでジャンボ鶴田さんの試合があって、入場時にはみんな必ず、「ツ・ル・タ!オーッ! ツ・ル・タ!オーッ!」っていう鶴田コールというのをやって会場が大盛り上がりするというのがお決まりであって、その日も、こっそり見ていたのにもかかわらず興奮して、僕も会場の皆さんと一緒になって鶴田コールを大合唱してたら、観客に見つかってしまって、鶴田コールが途中で何故か「ヒョウタ、オーッ!ヒョウタ、オーッ!」と俵太コールに変わってしまって、おもわず鶴田さんの顔色が変わったという、素晴らしいアクシデントにも見舞われるほどのプロレスファンでした。

という事で、越前屋俵太ってプロレスが好きなんだなぁ!というのは分かって頂けたと思うのですが、実は自分からはプロレスファンだなんて一度も公言したことはありません。何故しないのか?って話なのですが、まあ、にわかファンのくせに、わざとプロレス好きだと公言して仕事に結びつけたり、レスラーの方と個人的に親しくなって、試合に招待してもらったりと色々精力的に活動する方は沢山いらっしゃると思うのですが、はっきり言って僕は苦手です。

それって、芸能人特権じゃん!何でやらなの、もったいないでしょ?って思う人も多いと思うし、僕のキャラからしたら想像出来ないでしょうけど、本当に僕はダメなんです。テレビに出て有名になると、友達から誰それさんのコンサートチケット取れないの?とか頼まれる事もしょちゅうあったんですけど、基本的には断ってました。なんというか、別に悪い事じゃないと思うし、みんな自分の立場を上手く使って色々やってるし、人を上手く利用して、人にも利用されて、要領よく生きていけばいいんでしょうけど、なんか性に合いません!

だから、過去に新日の蝶野さんもナイトスクープのロケにわざわざ来てもらった時に、当然親しくなって、今度試合に来て下さいよ!ってなったんですけど、いかなかったし、前田明さんも、そうだったし、大仁田厚さんなんか、たまたま一緒に仕事した時に、向こうから声を掛けてくれて、「俵太さん、いつも見てますよ~、海からスーツで出て来るやつ、サイコーっすね!俺と同じですよ~」とか言われて、「いや~僕は電流爆破とか出来ないし、同じなんてとんでもない!」っていったら真顔で「なんか同じ穴のムジナって感じしますよ~」て言われた事もありました。「同じ穴」って、「虎の穴」じゃないんですから、最後は「今、浦安に住んでるんで、またいつでも遊びに来て下さい!」ってあなたディズニーランドじゃあるまいし!

これ、読んでくれている人からしたら、もったいない、芸能人だからこそ、そんな特権階級みたいなこと、なんでも出来るのに、なんでやらないんだ!って益々、思っている人が一杯いると思うんですが、僕も書いてて、もっとうまくやればいいのに!って思うんですけど、越前屋俵太は意外と出来なかったんですよね。やりたくても出来ないと言うか、シャイなんていうとカッコ付けてるみたいで嫌なんですけど、こうみえても結構ストイックだったんです。

ストイックとか言うと、大ファンだった松田優作さんと会って感動した話をしないといけなくなるんですが、また今度の機会に。

だから、プロレスに関しても、なんていうか、そっとしておいて欲しいというか、何処のファンでどうとかじゃなくて、普通に純粋にファンの一人として好きなように見ていたい!っていうか、やっぱり誰かと親しくなったら、その人目線になるというか、感情移入しちゃうというか、正しく見れないですよね。まあ、本来ファン心理と言うのはトコトン感情移入して、はまりたいからファンなんでしょうけど、もっと好きにしてたい、みたいな、時にはキライになることもあっていいんだけど、付きあっちゃうとずっと好きでいないといけないっていうのが、ダメッていうか。真面目なのかな?

まあ、しっかりと一人と深く付き合うか、思い切って全員と浅く広く付き合うか、どちらかって事なんでしょうけど、そんな時間もなかったし、だったらひっそり、こっそりの方がいいや!って言うのが、当時の越前屋俵太のスタンスでした。まあ少し大げさな言い方をすれば、僕にとってはプロレスは神聖なものだったので、メディアに出てアーダコーダと偉そうに論じるもんじゃないというのがあったのかもしれません。

このあたりで、話を12月4日に行われるDDTプロレスの「大阪オクトパス」に戻して、じゃあなんで今になってプロレスなの?、何故DDTなの?

何故髙木三四郎っていう人なの?ってなると思うわけですが、このままいくと話が自分で思っている以上に長くなりそうので、また明後日ぐらいに書きますね!

ん~!そんな事より越前屋俵太が復活ってプロレス会場で一体何やるのか?ってことですが、まあ「あわてない、あわてない、一休み、一休み!」いっきゅうさ~ん!

越前屋俵太復活ブームに便乗か?

最近やたらと人に会う度に、俵太さん復活するんですか?ッて聞かれるんですが、どうやら、先月のヤフーニュースのエンタメトップに越前屋俵太復活!みたいな記事が出た事が原因みたいです。今日もFM COCOLOのDJの加美君(関大の後輩でした)の番組に出たら、開口一番「復活するんですか?」とか聞かれたんですが、皆さんヤフーニュース見過ぎ!(笑)

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ずっと僕は、ここにいました(笑)

越前屋俵太という存在自体がかなりインパクトあったので、余計にいなくなった感があるのかもしれませんね。人ごとみたいに書いてしまいましたが、これだけテレビに出てないのに、名前を聞いただけで喜んで貰える方がまだいらっしゃるということは、本当にありがたいことだと思っています。こうなったら、とことん復活ブームに便乗しちゃいましょう!

という事で、長い前振りでしたけど、今回は世間ではあまり出まわっていない情報を少し、なんと越前屋俵太復活便乗記念!第一弾 一夜限りのDDTプロレス髙木三四郎との初タッグ!これは恐ろしい話ですね。いきなりすぎて自分でも何がなんだかわかりません!

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越前屋俵太として、このようなイベントに公式に出る事は過去にもまずありません。スピッツが主催する、「ロックロックこんにちは」ぐらいだったかな。

今回はなんと!DDTプロレスの髙木三四郎さんとタッグを組んで出る事になってしまいました。

フェイスブックでどなたかが、身体心配ですっ!て書いて下さってましたが、出ると言っても、コーナーポスト最上段からのウラカンラナを決める訳でもなく、ラダーの上から長机に向かって、ダイビングプレスをする訳でもありません!心配しないで下さいね!試合には出ません。

まあ、あと20年若かったら、やってたかもしれませんが、それにしても何でいきなりプロレスなの?ってなると思うのですが、実はメディアでは一切言ってなかったんですが、猪木さんに闘魂ビンタして貰った程のプロレスファンでした。で、どこで、闘魂ビンタされたかというと先ほどのスピッツの「ロックロックこんにちは」だったのです。

そもそも何で、スピッツの「ロックロックこんにちは」に出たのかと言うと・・・・。

明日に続くのか?乞うご期待!